2014年4月29日火曜日

『悠木碧 - クピドゥレビュー』



 1976年、ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドは、30〜40年代のスウィングジャズとラテン音楽、そして当時最新のディスコを混交した、なんとも形容し難いチャンポンミュージックを奏でるグループとして登場しました。折からのディスコブームと共にヒットしたものの、単なるディスコと呼ぶにはノスタルジックなムードとトロピカルなフィーリングが摩訶不思議で、彼らの音楽が蒔いた種は日本にも伝播し、評論家の今野雄二さんが大絶賛したり、細野晴臣さんがYMO結成へのロールモデルとしたりと局所的な影響を及ぼします。それからやや時は流れ、80年代以降のシティポップ、ニューミュージックシーンでは、日本社会の経済的成長が相まってか、リゾート感の溢れる音楽が隆盛を極めますが、その中でドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンドの音楽が元ネタとおぼしき楽曲もいくつも制作されました。これらの日本のポップスを今では「サヴァンナバンド歌謡」()()()と呼び、好事家たちの発掘の対象となっています。


 えー、今の話は簡単なイントロダクションなわけですけども、今回こうして紹介しています4月30日発売の『クピドゥレビュー』、これは先行公開されたのを聴いた時点で久々に、非常にグッとくるものがありまして、フライングゲットかまして手に入れ、こうしてブログを更新するに至っております。シングルの発売が待ち遠しい、という感覚が久しぶりでしたね。悠木碧さん。いまをときめく人気声優でいらっしゃいます。『魔法少女まどかマギカ』の主人公・鹿目まどか役がいちばん有名でしょう! 独特の声質と身長144cmというルックスからか、歌手活動ではロリータチックなイメージを打ち出した作品を展開されています。と、とりあえず通り一遍の説明。記事の下部の方に試聴動画を埋め込んでありますので早速再生してみていただければと思いますが、どうでしょう! 駆け回るホーンセクション、ライトメロウな和声感はまさにサヴァンナバンド歌謡と呼べる!


 直近だと星野みちるさん—元AKB48で、現在はソロ歌手として活動されているアイドルの方の楽曲が、ガッツリとサヴァンナバンド歌謡だったり(youtube)と、サヴァンナの血脈を感じる瞬間は、たまにあります。星野みちるさんは、microstarという非常にマニアライクなポップスを作り続けているユニットの佐藤清喜さんがプロデュースされているんですね。microstarの「夕暮れガール」(youtube)もサヴァンナバンド歌謡の名曲ですよね。どちらも最高です。ただ、最高ですけど、それは元ネタにどれだけ忠実であるか、という意味での最高さでもあると思います。それはサウンド以上に、BPM、つまり音楽のスピードというポイントに関して特に言える。サヴァンナ・バンドの1stアルバム「ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンド」の1曲目、「アイル・プレイ・ザ・フール」のBPMはおよそ100前後で、星野みちる「楽園と季節風」やmicrostar「夕暮れガール」のBPMはおよそ115といったところ。ディスコで踊るための音楽としてはこれくらいがちょうど良いのですが、現代のポップス、J-POPの基準で考えるとだいぶゆったりとした設定。たとえばAKB48の「ヘビーローテーション」はBPM170ある(オタ芸を見よ。あれは音楽に合わせたダンスではなくスポーツだ)ので、それに馴れた耳で星野みちるさんの音楽を聴くと、単純に牧歌的に響くんじゃないかなと思います。言ってしまえば、古臭い。だから古い音楽が好きなマニアにはウケるけれど、広く一般にウケるかどうかというと……(「恋するフォーチュンクッキー」の例もあるので、もちろんわからないですよ!)


 しかし『クピドゥレビュー』。凡百のサヴァンナバンド歌謡よりBPMがグッと高めに設定され、四つ打ちのキックによるフロア仕様のビートはそういった憂いを吹き飛ばすには十分なキャッチーさがある。何より、まくしたてるような早口のメロディラインがありますからね。「早口」に関しては、良い機会があればじっくり考えてみたいのですが、この国のポップスにおいてはいつの間にか市民権を獲得したファクターと言えます。個人的な見解では、「早口」はその有無によってその音楽が対象としているリスナーはどういう層なのか判断できるくらい、重要なポイント。なんというか、音楽はメロディやコード進行、サウンドよりも、BPMとリズムによって規定されるものの方が多いと思いますね。


 ま、それはさておき。現行のポップスとしての条件をクリアしつつ、洗練されたホーンとフルート、そして遊び心溢れるアレンジがグイグイと耳を引きますね。キラキラとしたSEやテルミンのような効果音のほかに、トイポップ系の楽器類がふんだんにフィーチャーされています。これまでの悠木碧さんの音楽が持っていた幻想的な世界観を踏まえつつも、アッパーなチューンに仕上がっているところが良いんですよ。とても癖のあるボーカルですけども、声のプロですから、おそらくやろうと思えば何でもできてしまう(実際、最初のアルバムに一曲だけロック調の曲がある。「そういうのもできるんだぞ」というのを示したくなってしまうのだろうとは吉田豪の言)。でもそこはこの路線でさらに一歩突き進めた形なのがいい。中には、そもそもこれはサヴァンナバンド歌謡か? と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、ワンコーラス中に複数回登場するIIm→IIIm→IV→IV/Vのセクション、歌詞だと「♪素敵なプレミアSHOW (0:32〜)」「♪あきらめちゃダメ (1:17〜)」のあたりはやっぱり往年のビッグバンドジャズ的なものを狙ったものだと思いますけれど、どうでしょう。インタビューでも「もともとはもっとスタンダードなスウィングジャズ風だった」との証言があります。オリジナルのエキゾ感とは異なるけれど、最新型にアップデートされたサヴァンナバンド歌謡と言えるのではないでしょうか。


 ところで『クピドゥレビュー』がオープニングを飾るアニメ『彼女がフラグをおられたら』を僕は未視聴なのだけれど、噂を聞く限りではおもしろいとか。少し調べてみると、『帰ってきたドラえもん』などで知られる、そして愛する『謎の彼女X』でも活躍した渡辺歩が本作においても監督を務めている! 俄然、興味が湧いています。


【ナタリー - [Power Push] 悠木碧「クピドゥレビュー」インタビュー (1/4)】 http://natalie.mu/music/pp/yukiaoi03