2016年12月31日土曜日

2016年のマンガ

振り返ってみると、数千万部単位で売れている定番タイトルを読む機会が多かった。たとえば『キングダム』『黒執事』『進撃の巨人』『東京喰種』のような作品を積極的に読みました。漫画は面白いと改めて感じる。そうした影響もあってか今年のラインナップは去年や一昨年とは毛色が少し違うかもしれませんが、どのタイトルも素晴らしかったです。アメリカのスーパーヒーロー映画はアメリカに生きる人々の悩みを背負っている。それでは日本においてその役割を果たすものはなにか。僕は漫画だと思っています。書影クリックでアマゾン飛びます。


1. 梶本レイカ『コオリオニ』



90年代、警視庁の全国的な銃器摘発キャンペーンが打ち出され、厳しいノルマを課されるなか、北の大地では警察とヤクザが手を組み、点数稼ぎのデキレースが繰り広げられていた--。商品ジャンルとしてはボーイズラブだが、実際の汚職事件をモデルに描かれた本作は殊に異形なノワールサスペンスである。互いの肉を削ぎ合う愛と欲望。祝福されえぬ人生に生まれ落ち、なおも生きることの輝きを追い求め、破滅の運命へと堕ちていく彼らの姿は、沈黙前の岡崎京子作品をも想い起こさせる。確かな構成力で重厚な物語をコンパクトなページ数に収めることに成功したがゆえの質量感。弩級の才能と断言できる。


2. 松島直子『すみれファンファーレ』



雑誌休刊後の長い執筆期間を経て、この年の瀬にぽっと刊行された描き下ろしの完結巻。よく笑い、よく驚くすみれちゃんの毎日は、すみれちゃんを含めたみんなの思いやりのうえに成り立っていて、だからこそ愛おしく、同時にあやうくもある。デリケートな問題に向き合うことは簡単じゃない。断絶することはたやすい。そんななか、相手を信じることのできる自分を信じることができたならば。伝えるのをためらった想いを伝えることができるのならば。本作が丁寧に描いてきた物語は、足りないものばかりを数えてしまうナイーヴな私たちに「心配するなよ、気楽にいこうぜ」とエールを送っている。


3. どろり『あの子と遊んじゃいけません』



オモコロでの連載時には毎度その内容に驚嘆しつつ、単行本化はありえないだろうと諦めていたらまさかの小学館からの刊行。我々が囚われている価値観をご破算にしたうえで、さらにあらぬ方向へと帰着させてしまうがゆえに、傍観する我々はどこまでも寄る辺を失い不安を覚えるのだろう。いがらしみきおがパンクだとしたらこちらはオルタナではないか。この時代のナンセンスであるけつのあなカラーボーイが歴史に残らない可能性があるぶん本作が世に出た意義は大きい。ギャグであることは確かだが、帯文を寄せている岸本佐知子が編纂した短編集『居心地の悪い部屋』で読んだ不条理なホラーに近い(ので、推薦人として適切な人選だと思う)。


4. 新田章『恋のツキ』



「でも本当は私、すっごい憧れる…。とびっきり好きな人とずっとずーっと愛し愛されて暮らす、レアな世界…」。アラサーの切実なラスト・フォー・ライフ。適齢期なりの適した生き方が正解なのは百も承知。だけど正論では割り切れないからこそ生きることはせつない。貧しさゆえの飢餓感をクールに受け流す『あそびあい』も切実な作品だったが、もう若くもないけれど枯れたくもない難しいお年頃の人が読むならコチラを。『A子さんの恋人』ファンも読みましょう。本作を読んで「クズだなー」としか感じない人はきっと幸福な人なので、今ある生活をどうぞ大切に。


5. 咲坂伊緒『思い、思われ、ふり、ふられ』



『ストロボエッジ』『アオハライド』の人気作家が送る高性能な王道少女漫画。今年のヒット作では『椿町ロンリープラネット』よりこっちの方が好き。正反対の価値観を持つヒロインふたりがお互いを理解し、尊重しあう姿が美しい。異なる立場の現実を描き、相互理解を促すことも少女漫画のひとつの力である。主要な登場人物が親同士の再婚により姉弟としてひとつ屋根の下で暮らす設定に『ママレード・ボーイ』が頭をよぎるも、あの能天気なラブコメに比べて彼女たちが展開する人間関係は複雑で、この20年間のうちに読者も社会も一筋縄ではいかなくなったことを感じる。


6. 米代恭『あげくの果てのカノン』





エイリアンとの戦闘で負傷し修復されるたびに性格が変わる。不思議な先輩の存在が愛情の無常を加速させることで見えてくるものは、ほんの少しのテイストの違いが我慢ならない時代にも、ひとつのことを考え続けるのも難しい時代にも、誰もが変わらぬものを探し続けては傷ついているという真実かもしれない。主人公・かのんの信仰にも似た恋心をどう捉えるべきか。人は変わってしまうからこそ前に進めるのだと思いつつ、成長を拒むことにもそれなりの美しさがある。ちなみに本作の担当編集者は『プリンセスメゾン』の担当でもある。

7. つばな『第七女子会彷徨』



『この世界の片隅に』で描かれていたように、人はありえたかもしれない別の運命に想いを馳せ、悔やみ、いつか納得をする。平行世界の可能性をすこし不思議なフィクションとして探し続けた本作も7年間77話の彷徨を経て、かけがえのない結論に行き着いた。過去の数々の寓話がひとつの大きな寓話として収斂していく最終巻にあたって既刊を読み返したところ、これまでの藤子F的アイデアに感心させられる一方で、バッドトリップをイメージ豊かに表現する筆致に圧倒された。『日常』が終わって『それ町』が終わって『七女』が終わってしまったので、同じ系統で面白い作品があれば教えてください。


8. 三好銀『私の好きな週末』



今年の夏の終わりに急逝した作者の、普段通り穏やかな最終作。三好銀が描く静かな生活ではいつも「何か」が起きている。些細だけれど一度目を留めて気づいてしまえば不可解で仕方のない日常のほころび。そのほころびに意味を見出そうとするまなざし、心のゆらめきこそが三好作品の魅力だろう。微妙な緊張感は画面にもあらわれ、いびつなパースは我々の現実とよく似た異なる世界を思わせる。確かな描かれる物語は読者の日常生活を読み替えるよすがであり、この世界を凛とした感性で眺め直す方法を教えてくれる。


9. 鍵空とみやき『ハッピーシュガーライフ』



「真実の愛」を求めた少女が幼女を監禁するサスペンス。脇を固めるキャラクター含めて倒錯した人物ばかりが登場するのだが「ある出来事に対して普通だったらこういう反応するだろう」というところを翻して物語を広げるのが上手い。本作と『やがて君になる』の担当編集者同士による百合対談で『桜Trick』のタチ作品における恋愛感情がもたらす飛躍について言及していたのは腑に落ちる。愛がもたらす甘い感情と苦い感情の両面を振り幅大きくキャッチーに描いた良質なエンターテイメント。


10. Rootport / 三ツ矢彰『女騎士、経理になる』



経理士となった女騎士の冒険(?)を通してお金の数え方を学び、終末へと向かう世界を救わんとする物語である。ネタ一発かと思いきや簿記知識の解説は本格的。文字数が膨らんでいるため、漫画としては好みが分かれるだろうが、『ダンジョン飯』以降のRPG的世界観+アルファな作品群では最も気を吐いているのではないか。「わたしたちが欲深いからこそ世界は豊かになる」というメッセージにも心を打たれる。この作品に出会って「くっ殺」なるミームの存在を知ることもできた。おまけのコラムも勉強になります。


その他、期待の10タイトル。

堀尾省太『ゴールデンゴールド』/中川ホメオパシー『干支天使チアラット』/衿沢世衣子『うちのクラスの女子がヤバい』/かわかみじゅんこ『中学聖日記』/安達哲『総天然色バカ姉弟』/真造圭伍『トーキョーエイリアンブラザーズ』/いましろたかし『新釣れんボーイ』/石田敦子『野球+プラス!』/石川雅之『惑わない星』/おざわゆき『傘寿まり子』/赤坂アカ『かぐや様は告らせたい

2016年12月30日金曜日

2016年の音楽

【BEST NEW MUSIC】



1. The Avalanches『Wildflower』[Listen]
2. Yumbo『鬼火』[Listen]
3. The Caretaker『Everywhere at the end of time』[Listen]
4. Elevator Grips『Elevator Grips』[Listen]
5. David Bowie『★』[Listen]
6. KOHH『働かずに食う(Single) [Listen]
7. Mr Amish『The Absurdist』[Listen]
8. Bon Iver『22, A Million』[Listen]
9. Eddy Detroit『Black Crow Gazebo』[Listen]
10. Jon Bap『What Now?』[Listen]

枚数を絞ってみました。どうでしょう。[1] 今年はアヴァランチーズの新作に生きるのを助けてもらいました。『ワイルドフラワー』には僕の好きな要素が全て詰まっています。すなわちグルーヴとサイケデリア。サイケな感じがまたちょっとずつきてるのは嬉しかった。レモン・ツイッグス、マイルド・ハイ・クラブ、ドラッグディーラーなど…。68年、73年前後っぽい音楽が好きなのは一生変わらないと思う。[2]「悪魔の歌」にも生きるのを助けてもらいました。[3] 激甘。最初から死んでる音楽。睡眠不足で会社に向かう朝、バスで眠りながら聴きました。[4] デス・グリップスのアカペラに自動伴奏生成ソフトでバックトラックを加えただけ。最も笑った音楽です。本当はこれが1位。[5] "NOと言いながらYESを意味する。これがいままで私が伝えたかったすべてだ" !!  [6] KOHHは詞が聞き取りやすい。[7] エクスペリメンタルなオルタナティヴロック。今年発表のもう1枚もアンビエントブルースというか、時代と全然関係ないところがよかったですね。[8] CDがぶっこわれたのかと思いました。[9] サン・シティ・ガールズ周辺のサイケ怪人が送る新作。A面は奇天烈なカントリー、B面はドローン1曲という構成も完璧。[10] ディラ以降のハーフ・ジャパニーズみたいな前作に出会って衝撃を受けたのも今年。これは1曲目が10分超えのドローンで、リスナーに対する悪意がある感じが好きです。

四半期ごとにリアルタイムでチョイスしたベストアルバムの記録もあります。より網羅的です。以下リンクより。

1〜3月
4〜6月
7〜9月 /(シングル編)
10〜12月



【BEST REISSUES & RETROSPECTIVES】



1. Syrinx『Tumblers From the Vault』(RNVG
2. Betty Davis『The Columbia Years 1968-1969』(Light In The Attic
3. Prix『Historix』(HoZac Records
4. Various Artists『Afterschool Special: The 123s of Kid Soul』(Numero Group
5. ダン・ペン『ノーバディーズ・フール』(ソニー
6. The Flaming Lips『Heady Nuggs 20 Years After Clouds Taste Metallic 1994-1997』(Warner Bros
7. Hareton Salvanini『S.P. 73』(MR.BONGO
8. Staffan Harde『Staffan Harde』(Corbett vs. Dempsey
9. EL' BLASZCZYK ROCK BAND HIMSELF『THE QUIRKY LOST TAPES 1993-1995』(Born Bad Records
10. Cornelius『Fantasma』(Lefse Records

[1] 室内楽と電子音楽とサイケが渾然一体。謎のバンドの全貌が明らかに。[2] マイルス・デイヴィスの元奥さんですね。『ビッチーズ・ブリュー』の影に隠れた秘蔵のセッションだけありすごい。[3] ティーンエイジ・ファンクラブの『Grand Prix』と Prix は関係があるのだろうか。パワーポップ・ファンは買いましょう(必ず)。[4] この世界のあらゆるジャクソンズたち。<Numero Group> のキッズソウル・シリーズ第2弾。[5] 20年前の Nice Price シリーズを踏襲した帯デザインを含めて。[6] 昨年末発売。ディスク1は言わずもがなの名盤。ライブ音源が異様なテンションです。[7] アルトゥール・ヴェロカイと比較されるブラジルのコンポーザー。<MR.BONGO> では魅力的な再発がたくさんありました。[8] 70年代に発表されたジャズギタリストの独演。曲名と演奏が異様にアブストラクトで怖い。[9] テープレコーダーを用いてひとり多重録音していたフランス人。現代音楽の教養がある人らしいですが、なぜかローファイなロック。[10] 渋谷系の金字塔がアメリカでアナログ再発。オリジナルのジャケットデザインでのリイシューを歓迎します。

2016年12月18日日曜日

相談

【相談1】

人生に「女の子が集まる、オタクが集まる、一人で佇む」の3パターンがあるとしたら、私の人生は「オタクが集まる」だと思う。私のツイッターのフォロワーの殆どは、屈託があり、カルチャーにかぶれた、若く、社会的地位の低そうな男性である。1行前後のツイートが多く、ヒントは少ないが、彼らの言葉はどこか怒りと寂しさを帯びている。この現状から私が何かしらの「得(とく)」をすることはない。彼らは「ただそこにいる」だけだからだ。しかし人はフォロワーを選ぶことはできない。


数年前、早稲田の文学部に通っていた私は英文科に入ることを決めた。チュートリアルで主任が英文科の講師陣をひとりひとり紹介した際に、気鋭の翻訳家としても知られるT先生について「エッジーなカルチャーに関心のある男子生徒に慕われる」というような形容をしていた。それから半年か一年経ち、T先生の演習を受けて、あのとき言わんとしていたことがなんとなくわかった。 日本では知られていない現行の海外文学を紹介する、シニカルな語り口のT先生が私はすぐに好きになった。


今年の夏頃、友人(男性、大学院生)と、その友人の友人(男性、大学院生)、私の3人で、新宿西口の焼き鳥屋で酒席を設けたとき、私は非常に下卑た品の無いジョークを繰り広げ、場を大いに賑わせていた。そんな中で、友人の友人(知り合ってから会うのは2度目だった)に「男子校出身でしょ」と言われたことが心に残っている。実際には共学校の出身である。


私は、ビール会社の営業職に求められるラガーマン的なマチズモとは一線を画す一方で、あまりにホモソーシャルに傾倒していると思う。アッパークラスならまだしもアンダークラスの中におけるそれはあらゆる立場の両翼から見ても非営利的な集団であると感じる。どうして自分が負け戦の中に身を投じているのかがわからない。どうしてですか?


【相談2】
毎年恒例、年間ベスト記事を今年も更新するか迷っています。