2018年12月31日月曜日

2018年、私の上を通り過ぎていったカルチャー(マンガ、書籍、雑誌、映画、音楽)

【マンガ】
書影クリックでamazonに飛びます。

1. 鶴谷香央理『メタモルフォーゼの縁側』(角川書店)



さりげないけれど心動かされるひとコマが随所にあって、そのたびにページをめくる手をとめてじんとする。老婦人と女子高生、それぞれの生活のなかで本を心待ちにする時間の長さや流れ方も違うし、生きることはいくつになってもさみしいものなのだが、なんともいえない気持ちが重なり合うとは思っていなかった他人と重なることがあり、うれしくなることもある。2巻、不安な背中を押す傘の中のばらの花に泣かされました。

2. とよ田みのる『金剛寺さんは面倒臭い』(ゲッサン少年サンデーコミックス)



「君の人生という名の物語に大きく関わり無いと思われる物が、ある日大きくつながるのだ」ーー『ラブロマ』『タケヲちゃん物怪録』『友達100人できるかな』の作者による集大成的作品であり、間違いなく過去最高傑作ッ!!!!!! TRIGGER制作でアニメ化されてほしいです。

3. 山本さほ『いつもぼくをみてる』(ヤンマガKCスペシャル)



リアルタイム世代の贔屓目だろうか? 90年代はホビーやゲームといったキッズカルチャーの黄金時代だ。同時に、塾や習い事で子供たちが忙しくなり始めた頃ではないだろうか。「キレる子供」などが社会問題として取り沙汰されたりもしていただろう。それでも街中には子供たちの遊び場があって、いろいろなことがゆるいまま看過されていたように思う。いまはもう、公園でも路上でも自由に遊ぶことは難しい。そんなあの頃のなんともいえないムード、身に覚えのある気分がいくつも蘇ってきた。

4. 山本和音『星明かりグラフィクス』(ハルタコミックス)



才能をめぐるふたりの女子の物語なので、実質的に「リズと青い鳥」です。

5. 阿部洋一『それはただの先輩のチンコ』(太田出版)



阿部洋一先生の作品はどれも最高なのですが、本作は特にかわいいです。夏祭りで青姦するエロマンガなどでは花火が空に打ち上がることが射精のメタファーとしてしばしば登場するけど、最終話では射精が火花そのものだったので感動した。

6. ゴトウユキコ、こだま『夫のちんぽが入らない』(ヤンマガKCスペシャル)



カバーデザインがたまらない。本作がラブストーリーであることをふたたび認識するとともに、この漫画版はゴトウユキコの熱を帯びた筆致により、その様相を強めている。就職した彼、漫画版では倉本さんに再会する場面。原作を読み返すと冗談めかしてさらっと書かれているけれど、漫画では少し違う。女の人が男の人を好きだと思うのは、こんな感じなのだろうということを思う。

7. 絵本奈央、 岡田麿里『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(講談社コミックス)



思春期の少女たちの繊細な懊悩を描きながら、エンターテイメント感がすごく、少年漫画であり、少女漫画でもある。男子についてもこういう作品が出てきたらいいのにと思います。『放浪息子』(岡田麿里氏はアニメ版で関わっていましたね)などが好きな人は気に入るのではないでしょうか。

8. 川勝徳重『電話・睡眠・音楽』(torch comics)



友人である川勝さんはいつも「自分はマンガが描けない」と言うのでなんでだろうと思っていたのですが、本書の著者解題に「私たちが、私たち自身のリアリズムを獲得して、絶えずそれを更新するということ。ここに現代劇の意義やマンガというジャンルの使命を感じる」「‬ですが私は、結局どこに自分の現実があるのかもわからず、ただ混乱するばかりです。地に足がついていないばかりか、どこに地面があるかもわからない」と書かれていてなるほどとなりました。でも、本人的にはどうあれ、私は川勝さんの作品には現代のリアリズムを感じます。

9. 松崎夏未『ララバイ・フォー・ガール』(フィールコミックス)



いくつものいい表情、人間関係の機微、女たちの大きな感情が詰まっている。「早かったじゃん。外まで響いてた」「マジ?」「さっ走れ〜」「連絡先ブロックしなきゃ」「後でいーからそんなん!」エンディングで駆け出すふたりはとてもキラキラしていて、小沢健二でいうところの「僕は思う!この瞬間が続くと!いつまでも」という感じですね。

10. つくみず『少女終末旅行』(BUNCH COMICS)



完結。『つくみずらくがき画集』(自費出版)もよかったです。

11. あfろ『ゆるキャン△』(まんがタイムKRフォワードコミックス)[amazon]
12. 片山ユキヲ『夜明けの旅団』(モーニングKC)[amazon]
13. 中村キヨ『レズと七人の彼女たち』(自費出版)[amazon]
14. ヤマシタトモコ『違国日記』(フィールコミックスFCswing)[amazon]
15. 吉田秋生『海街diary』(フラワーコミックス)[amazon]
16. 阿部共実『月曜日の友達』(ビッグコミックス)[amazon]
17. 西尾雄太『アフターアワーズ』(ビッグコミックス)[amazon]
18. 鎌谷悠希『しまなみ誰そ彼』(ビッグコミックススペシャル)[amazon]
19. まんしゅうきつこ『湯遊ワンダーランド』(扶桑社)[amazon]
20. ひらめき『もう大丈夫だね。』(自費出版)[pixiv]

アニメ化された<11>は静岡〜山梨(あのあたりを指す単語って存在します?)の、ひらけた雰囲気をとても魅力的に描いている。私もキャンプに行きました。人間関係のマニアは<13><14>が必読。完結した<15><16><17><18>もよかった。<19>は一体何を描いているのか!? 圧倒されます。けものフレンズ二次創作のなかでも特にリリカルな作風のひらめき氏による<20>には泣かされました。



【書籍】



1. ジョン・ヒッグス『The KLF ハウス・ミュージック伝説のユニットはなぜ100万ポンドを燃やすにいたったのか』(河出書房新社)[amazon]
2. こだま『ここは、おしまいの地』(太田出版)[amazon]
3. マーク・フィッシャー『資本主義リアリズム』(堀之内出版)[amazon]
4. 藤田祥平『電遊奇譚』(筑摩書房)[amazon]
5. 鳥飼茜『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)[amazon]
6. 栗原康、白石嘉治『文明の恐怖に直面したら読む本』(ele-king books)[amazon]
7. 草野原々『最後にして最初のアイドル』(ハヤカワ文庫JA)[amazon]
8. スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック『知ってるつもり 無知の科学』(早川書房)[amazon]
9. ヨハン・ノルベリ『進歩 人類の未来が明るい10の理由』(晶文社)[amazon]
10. 岸政彦『はじめての沖縄』(よりみちパン!セ)[amazon]
11. 齋藤陽道『異なり記念日』(シリーズ ケアをひらく)[amazon]
12. 與那覇潤 『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(文藝春秋)[amazon]
13. マーク・ブレンド『未来の〈サウンド〉が聞こえる 電子楽器に夢を託したパイオニアたち』(アルテスパブリッシング)[amazon]
14. ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)[amazon]
15. 早島大祐『徳政令 なぜ借金は返さなければならないのか』(講談社現代新書)[amazon]

<1>は単なる伝記を超えて、この世界を理解するもっともそれらしいモデルのひとつがここに示されているといえよう。<2>はユーモアとセンチメント、諦めることと許すこと、人生の肯定といった私にとって重要なテーマが詰まっています。<3>は、実は読んだときにはそこそこくらいに思っていたのですが、後述の理由などから結構重要だったっぽいなと思い直した次第です。カルチャーがどうしようもなく人生を侵食するさまを描く文学の<4>。本書にはまったく登場しませんがザ・フーの「Won't Get Fooled Again」の邦題が「無法の世界」である理由がわかってしまった気がする<6>や、<12>など、《近代の限界》といったテーマは常にホットですが、一方で<9>の楽観主義は新鮮でした。<7><14>など、SFはいまなにかと注目の分野だと思います。また、ランクには入れませんが白央篤司『自炊力 料理以前の食生活改善スキル』(光文社新書)には影響を受けました。



【既刊】


1. ミシェル・ウエルベック『闘争領域の拡大』 (河出文庫)[amazon]
2. ミシェル・ウエルベック『プラットフォーム』 (河出文庫)[amazon]
3. 安田謙一『神戸、書いてどうなるのか』(ぴあ)[amazon]
4. ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』(ちくま学芸文庫)[amazon]
5. 山形浩生『新教養主義宣言』(河出文庫)[amazon]
6. 磯部涼『ルポ 川崎』(サイゾー)[amazon]
7. 豊田きいち『編集 -悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい-』(パイインターナショナル)[amazon]
8. さくらももこ『そういうふうにできている』(新潮文庫)[amazon]
9. 小林勇貴『実録・不良映画術』(映画秘宝セレクション)[amazon]
10. 佐野洋子『がんばりません』(新潮文庫)[amazon]
11. 立岩真也『人間の条件 そんなものない』(よりみちパン!セ)[amazon]
12. 稀見理都『エロマンガ表現史』(太田出版)[amazon]
13. カレル・チャペック『いろいろな人たち』(平凡社ライブラリー)[amazon]
14. アダム・ホワイト、バーニー・エイルズ『コンプリート・モータウン』(河出書房新社)[amazon]
15. レッグス・マクニール、ジリアン・マッケイン『プリーズ・キル・ミー』(Garageland Jam Books)[amazon]

「闘争領域の拡大」と「資本主義リアリズム」が今年の流行語大賞です。<3>と平民金子氏による神戸市公式サイト上の連載『ごろごろ、神戸』は神戸旅行時のガイドになりました。<4>は文芸のみならず、体系のある文化について何か語りたいと思っている人は絶対に読むべき。育児エッセイの編集にあたり初めて読んで「たしかに天才」と感じていた<8>は著者の急逝に驚かされる。<14><15>は最初のほうしか読んでないのですが、単純に買えたことが嬉しくて‪⋯‬‪⋯‬。

《マンガ》

1. 西村しのぶ『サードガール』(小池書院)[amazon]
不況も震災も悲惨な事件なんて無かった都合の良いお洒落と恋の架空の都市、神戸。

2. やまだ紫『しんきらり』(ちくま文庫)[amazon]
やまだ紫や近藤ようこが80年代に描いていた《郊外の主婦の実存》のようなテーマは、いまはどこに存在しているのでしょうね。

3. 安倍吉俊『リューシカ・リューシカ』(ガンガンコミックスONLINE)[amazon]
serial experiments lain」リバイバルの流れで安倍作品を読みました。

4. アラン・ムーア、デヴィッド・ロイド『Vフォー・ヴェンデッタ』(SHOPRO WORLD COMICS)[amazon]
アラン・ムーアに詳しくなるぞと思って読んでいたのですが、『ダークウェブ・アンダーグラウンド』の編集時に役に立ちました。

5. 高橋慶太郎『ヨルムンガンド』(サンデーGXコミックス)[amazon]
柴田英里さんが高橋慶太郎作品(特に『デストロ246』)をフェミニズムの文脈で評価しているのですが、もっとそういう読まれ方をされてもいいと私も思います。



【雑誌】




1. Rhetorica#04 [official]
刺激を受けました。『資本主義リアリズム』が繰り返し言及されていて、大きかったんだなーと思いました。

2. STUDIO VOICE vol.413 [amazon]
「Flood of Sounds from Asiaいまアジアから生まれる音楽」号 。

3. S-Fマガジン2018年6月号 [amazon]
「ゲームSF」特集号。インディーゲームの隆盛や藤田祥平氏の著書など、文学としてのビデオゲームへの関心の高まりを感じる。「百合」特集号もよかったです。このふたつの号は通底するものがありますよね。

4. たたみかた 第2号 [amazon]
鎌倉のリトルプレスより。

5. BRUTUS 2019年 1/15号 [amazon]
「危険な読書」特集号。『この地獄を生きるのだ』を紹介いただきました。



【映画】




1. リズと青い鳥(監督:山田尚子)
2. 夜の浜辺でひとり(監督:ホン・サンス)
3. ファントム・スレッド(監督:ポール・トーマス・アンダーソン)
4. アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル(監督:クレイグ・ガレスピー)
5. きみの鳥はうたえる(監督:三宅唱)
6. レディ・バード(監督:グレタ・ガーウィグ)
7. 30年後の同窓会(監督:リチャード・リンクレイター)
8. フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法(監督:ショーン・ベイカー)
9. 寝ても覚めても(監督:濱口竜介)
10. 若おかみは小学生!(監督:高坂希太郎)

一年中「リズと青い鳥」の話をしていましたね。劇場で7回観て、ブルーレイでまだ2回(コメンタリー付)しか観れてません。山田尚子監督はどうしてこんなに音楽のなんたるかをよくわかっているのかといつも不思議に思っています。クライマックスの第3楽章のシーンは涙なしには観れません。トロンボーンの音にフィルターがかかるあたりで泣く。私が行った四月頭の完成披露特別上映会は東京中のよりすぐりの感情に関するオタクが集まっていたはずですが当該シーンでみんなグスグスしてました。音楽を映像で描くのは難しいのでしょうけれど、<5>のクラブのシーンも美しかった(一方で<9>のクラブのシーンはたしかにきつい)。これらに比べると『ボヘミアン・ラプソディ』は全然ダメです。『ボ』に感銘を受けているみなさんはあの映画そのものではなくクイーンという存在や彼らの音楽ーーつまりクイーンという概念を良いと思っているだけなので騙されないでください。男を落とすときは毒を盛れというメッセージを(私は)受け取った<3>、『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』(『資本主義リアリズム』の表紙にも流用されていた)のポスターが光っていた<7>、労働だけが人生を癒すというメッセージを(私は)受け取った<10>などが印象深い 。



【音楽】


1. Tsudio Studio『Port Island』[Bandcamp]
2. 牛尾憲輔『リズと青い鳥 オリジナルサウンドトラック -girls, dance, staircase- 』[amazon]
3. aiko『湿った夏の始まり』[amazon]
4. Dirty Projectors『Lamp Lit Prose』[Apple Music]
5. 曽我部恵一『There is no place like Tokyo today!』[Apple Music]
6. 折坂悠太『平成』[Apple Music]
7. Oneohtrix Point Never『Age Of』[Apple Music]
8. Richard Swift『The Hex』[Bandcamp]
9. George Clanton『Slide』[Bandcamp]
10. Swamp Dogg『Love, Loss, and Auto-Tune』[Bandcamp]

今年は『ラティーナ 2019年1月号』(ブラジルディスク大賞、ブルーノ・ペルナーダスへのインタビューなど盛りだくさんの一冊!)にて年間ベストを発表させていただきましたので、誌上で紹介しきれなかったものを挙げます(最初の2枚を除いて)。<1>と西村しのぶ『サードガール』の影響で神戸に行きました。実は吹奏楽(音楽:松田彬人)のほうばかり聴いている<2>。私はやはり宇多田や林檎よりaiko派だとつくづく思いました<3>。前作の孤独はフェイクか? と思いましたが、よかった<4>。このところの曽我部さんはすごく、『ラティーナ』ではサニーデイ・サービス『the CITY』を挙げました。『ヘブン』もいいけどタイトルがかっこいいので<5>。芸能の復権をほのかに感じる<6>。『ダークウェブ・アンダーグラウンド』編集作業中に繰り返し聴いた<7>。サイケデリックなフォーク・ロック<8>。文脈のない『ヘッド博士の世界塔』な<9>。奇天烈ジジイ版『808s&ハートブレイク』な<10>を除くと、今年の私は黒人音楽をあまり聴かなかった。旧譜は加藤和彦(『それから先のことは…』〜『あの頃、マリー・ローランサン』)をよく聴いてました。