2013年10月11日金曜日

『panpanya - 足摺り水族館』



2011年にすべて手作業で制作された作品集成『ASOVACE』を再構成。 特殊な形態のため未収録となっていた「足摺り水族館」と、 書き下ろしの紀行文などを加えた、現在のpanpanyaに至るまでの作品集。 過ぎ去っていった消費社会の残像と、緻密かつデタラメに浮かび上がるハイコントラストな風景が生み出す既視感。

panpanya『君の魚』

 
 この短編集に収められた作品の多くは、基本的には、主人公の女の子が町を歩いているといつのまにか異世界へと迷い込むといったお話です。拡張する日常のなかでの異化作用というか、日常の《ちょっと先にある》世界を突き進んでいくような、そんなSF感がとても魅力的な作品群ですね。全体的にグニャグニャと引かれる線には、不安定な雰囲気がよくよく表れている。同じ短篇のなかで、さらには同じコマのなかでさえもタッチがコロコロと変わっていったり。描画方法でいえば、インクで描かれた線はもちろん、鉛筆だったり筆もあったり、さらには写真などのコラージュまで。『イノセントワールド』はもともとキャンバス地に描かれているのかそれともデジタル編集でそういう効果を加えているのか……なんにせよ様々な手法が用いられているのは確か。もちろんそういう作品は今や珍しいということもないけれど、それでも抜群に上手いのですよ。使いどころというのもそうだし、何より絵がとても上手いので、描き分けが映えるわけですよね。『冥途』での飛行船の絵なんかすごい。最初はコラージュを用いているのかと思ったぐらい、画面のなかで立ち上がってる。


 街の風景であったり人工物や通り過ぎる人々、または魚たち(=水族館という場では鑑賞される対象だ)などは精密に描き込まれているのに対して、主人公やその仲間などの、物語の"こちら側"の人物は極端にデフォルメされて描かれている。それは、何を自分から切り離して捉え直し対象化するか、反対に何を主観化するかということ、つまり、どういう風に世界を認識するか? ということに意識的であるということでしょう。まあそもそも、得体の知れない物体が登場しまくったりしますし、具体と抽象がハッキリした世界のなかで登場人物は圧倒的に異邦であり、そしてその戸惑いは、"異世界に迷い込んでいく"という物語にしっかりと合致しているのです。


panpanya『完全商店街』


 一方で、すごくボヤーッとしてる感じがいいんですよね。主人公も血圧低そうな女の子ばかりだし、どのキャラクターもデフォルメされているからか、とぼけた雰囲気がある。商店街や水族館、または多摩川の風景はノスタルジック(どんな作家からの影響があるんだろうと考えていたけど、景色のなかに佇立することで人物が立ち上がってくるこの感じはつげ義春からだろうか?)だ。《過ぎ去っていった消費社会の残像と、緻密かつデタラメに浮かび上がるハイコントラストな風景が生み出す既視感》というキャッチコピーはまさにその通りで、懐かしい風景をしっかり見せながら、その《ちょっと先にある》世界を豊かに描く、その想像力が何よりも魅力的だと思います。


 得体の知れないものを探して《あらゆるものが並び手に入る商店街》に足を踏み入れる『完全商店街』も良いけれど、『新しい世界』と題された一編もいい。『新しい世界』は、自由研究のネタを求めて町を歩き出会った「新物館」—《日々新しく生まれ変わる世界のより新しい姿を展示》する—を鑑賞して回るだけのお話で、《新しい風景》《新しい新しい人々》《新しいひらがな》《新しいクイズ》などなど、主人公はあらゆる《新しい》ヘンテコなものを冷ややかな目で見つめる。フューチャリスティックであるがゆえにかえってオールド。シュールレアリスムや未来派絵画をいま振り返るとどこか牧歌的に見えるというアレ。いわゆる"レトロフューチャー"な世界というかコンセプトが僕はすごく好きだったりします。それを描くアイデアが実際どれも面白いのが良かった。どこかおかしくて懐かしい、だけど絶対的に違和感がある。本作の筆致は実に鮮やかでチャーミングであると言えます。


panpanya『新しい世界』


 Twitterなんかを見ても、かなりアブストラクト、いやあまり多くのことを語らないというか、情報がそんなにないので、どういった方なのかということがあまりわからない。公式サイトみると廃墟写真や、インターネットの番外地へのリンク集みたいなのがあって、やはりそういうのが好きなのだなと思ったり。本作も「直取引のみにて発注を承って」いるとのことなので、一般書店には置いていない(取扱店舗一覧を見ると、文教堂だったり渋谷TSUTAYAや池袋ジュンク堂に置いてあるみたい)のでなかなか取っ付きにくい部分もあるかも。まあ、amazonで手に入れるのが一番手軽でしょう! 僕は8月のコミティアのときに買いました。あまり他にないような装丁(このビニールのカバー、なんて言うのだろう?)でとても素敵です。



『足摺り水族館』特設サイトです。
いま気づきましたが、次回のコミティア106注意事項漫画も描かれていますね。これ非常にpanpanya節炸裂!といった感じで、とてもいい。

2013年10月1日火曜日

『町田洋 - 惑星9の休日』



新人・町田洋による、全編描き下しデビュー単行本。 辺境の小さな星、“惑星9"に暮らす人々のささやかな日常を描いた連作短編集。 凍り付いた美少女に思いを馳せる男、幻の映画フィルムにまつわる小さな事件、 月が惑星9を離れる日、愚直な天才科学者の恋…… 風にのって遠くからやってきた、涼しげな8つの物語。

 なんとか夏が終わってしまう前にこの作品を紹介したかったのに僕の場合は出会いが少し遅かった。本当にジャストなタイミングを掴むのはいつだって難儀なことだ。8月の真っ最中に刊行された本作は、昼下がりのプールサイドに立てたパラソルの陰をくぐり抜けてゆくサマーブリーズ(馬鹿みたいな表現ですね)、もしくは、やはりよく晴れた日曜日の午後の洗濯物を巻き込みフワッと舞い上がる乾いた風と乱反射する青と白と『プレヴィザォン・ドゥ・テンポ』。雨の降らないこの星では上昇する気温のせいでロードショーは続く。町田洋のデビュータイトルとなった本作『惑星9の休日』は、全編描きおろしのSF短編集である。雑誌への投稿や同人活動を行わず、インターネット上にひっそりと漫画を発表し続けてきた作者の素性は未だ謎に包まれている。竹熊健太郎責任編集のWEBマガジン《電脳マヴォ》に短篇「夜とコンクリート」が掲載されたのをきっかけに、静かに話題を集めている。


《辺境の小さな星、惑星9(ナイン)は恒星への公転に対して垂直に自転している》


 非常に書き込みが少なく、画面がスッキリとしている。すべてが同じ細さで引かれた線は陰影をもたず、それがこの作品の、どこか非現実的な空気をほど良く演出している。その代わりというわけでもないが、スクリーントーンのみで光の陰影を表現するのが上手い。線はすべてフリーハンドで描かれているため、独白の四角い囲みも建物の柱もグネグネとひしゃげているが、人物の線はやたらと直線的。ゆえにその世界は風通しがよくフレンドリーな感じのする一方で、たとえば衣服のシワなどは省略されているなど、非常に抽象的な印象も受ける。そういった意味で、現実味を欠いた80年代的な意匠が想起され、80年代的であるがゆえに現在にジャストなセンスが感じられる。

町田洋『UTOPIA』


 雰囲気は申し分ない。だが、本作を傑作たらしめる要因は、そのストーリーが物語るドラマと慕情によるものだろう。表題作「惑星9の休日」は、陽の差さない永久影と呼ばれる北の窪地にある、すべてが凍り付いたまま姿を変えることのない町に遺された美しい女性に惹き付けられた男と、彼に想いを寄せる小さな娘の出会いが描かれる。「衛星の夜」では年老いた宇宙飛行士が若い時分に月で遭遇した、永遠の時間を生きる生命体と心を通い合わせた日々を回顧する。「午後二時、横断歩道の上で」は、夏の日のある昼下がりに起きた小さい騒動にまつわるエピソードだ。あらかたの問題が解決した帰り道、車ひとつ通らない長い路の上で、ため息をついて横断歩道を渡ろうとするその時、男は、隣を歩く彼女と過ごす何気ないこの瞬間を《永遠》であると確信する。たっぷりと紙幅を割かれたコマ運びは、間延びしたかのように見える日常をドラマチックに捉える。ボーイ・ミーツ・ガールの形式を取ったこれらの作品からは、作者の"ミクロ/マクロ"な時間へのまなざしを伺うことができる。漆黒の宇宙空間のなかで淀みなく永久に流れ続ける時間も、ほんのコンマ一秒の世界をときめかせるかけがえのない時間も、淡々としたドラマツルギーのなかで等しく描き出される。永遠と一瞬の前で、それぞれの主人公たちは想いを馳せる。そのときはじめて滲み出すセンチメンタリズムに、エヴァーグリーンな輝きを感じずにはいられないのだ。

町田洋『午後二時、横断歩道の上で』


 SF作品としての、優しくも冷ややかな手触りはカート・ヴォネガットの小説が近いだろうか。漫画としての軽さと柔らかさには、帯文を寄せている絵本作家のたむらしげるや、たむらから大きく影響を受けていると思われるコマツシンヤ(今年の初夏に刊行された『8月のソーダ水』もやはり青と白のスペクトルが眩しいそれはそれはヘヴンリィな作品で、こちらも名作なので是非)に似たものを感じる部分もあるが、淡白な線と人物造形と、ときには異形の者を登場させながらドラマチックにコミュニケーションを描く手腕には市川春子の漫画を想起(本当は、あんまり引き合いにだしたくないのですけど……)させられたりもする。先に挙げた3つの短篇のほかにも、本作には珠玉の作品がいくつも収められている。ということで、ピンとくるものがある方は書店に買いに行きましょう。


 こちらのサイトから表題作「惑星9の休日」を試し読みができます。また、電脳マヴォで公開されている諸作品も実に素晴らしい。これまで述べたような暖かな光と柔らかい線は「夜とコンクリート」に、直線的な線描は「青いサイダー」に、時間感覚は「夏休みの町」にそれぞれ顕著にみることができる。