2013年11月9日土曜日

『高木ユーナ - 不死身ラヴァーズ(1)(2)』



甲野じゅんの人生にたびたび現れる“長谷部りの”という女の子。出逢うたび全力で長谷部に恋するけれど、想いが届くと彼女は幻のように消えてしまう! そのたび身を裂く悲しみが甲野を襲い、そしてまた、彼女は別人の“長谷部りの”として甲野の前に現れる!! 出逢いと別れを繰り返し、甲野は入学した大学で、またまた長谷部に出逢う。また長谷部は消えてしまうのか!? それとも今度こそ恋は実るのか‥‥!?

 村上春樹が特別好きというわけでもない(だからといって嫌いということもない)が、『スプートニクの恋人』の、どんな小説だったかもすでに覚えていないけれど、「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした」という書き出しだけはなんだかとても印象に残っている。いわゆるボーイミーツガール(『スプートニク』はガールミーツガールだけれど)のあの感じが、必要以上に大袈裟に綴られているのがいい。パンを加えた少年少女が道端でぶつかり合って起きる核分裂……または、逆回転する世界の混沌を疾走する片想い(cf.@Teke1984)。突然に起こるラブストーリーは出来ればそんな風にショッキングであってほしいし、そしてそんな瞬間が何度だって訪れてくれるといい。


 高木ユーナ『不死身ラヴァーズ』。9月に第1巻が出た時点で注目はしていたものの、ズルズルと書く機会を失ってしまっていたので、第2巻が発売されたこのタイミングで書いてみることにしました。『進撃の巨人』のアシスタント出身である作者の連載第一作である本作は、『進撃』同様に『別冊少年マガジン』で連載されているだけあって、まさに少年漫画といったハイなテンションで貫き通されている。少年誌を読む機会もなくなってしまったし、普段はこういう方面の作品はあまり追っていないのだけど、しかしこの作品は好きです。そもそも『別マガ』(この略し方でいいのかな……?『別冊マーガレット』の『別マ』と混同しそう)という媒体は「週刊少年誌では試す事の出来なかった独自の才能」を試す場として機能していて、そういう環境の中で前述の『進撃』だったり『惡の華』のようなヒットを生んでいる。単純にいいことですよね。本作も、そんな独特の存在感を持った作品のように思います。

高木ユーナ『不死身ラヴァーズ(1)』

 主人公の"甲野じゅん"は、"長谷部りの"という女の子に恋をします。それは、その理由を説明することのできないほどに猛烈で、運命的なものであって、ゆえにこの物語の命題です。どうしたって彼女に惹かれてしまう甲野は、持ち前の一直線な性格で果敢にアプローチをかけ続けた結果、その恋を叶えるのですが、何故だか両想いになるとその瞬間に長谷部の存在は幻のように消えてしまう。その姿も存在していたという証拠すらも、甲野ただひとりだけを除いては、世界中から完全に忘れ去られる。しかし、失意の日々を過ごすうちに、またまた何故だか甲野の目の前に"長谷部りの"という名前の、姿も同じ、しかし記憶も性格も、年齢もシチュエーションも全く異なる別人が登場。そしてそのたびに甲野は全身の細胞が沸き上がり、ふたたび恋をしてしまう、という……ここまでが物語冒頭の10頁で一気呵成に説明されるので、それはもう、ものすごいテンション。

 ふたたび出会った長谷部は一個下の後輩で、なんだか乱暴な性格のギャルだけれど、実は書道の達人。甲野は彼女を追って書道部に入り、彼女の目標を献身的にサポートすることでだんだんと距離を縮めるが、やっと二人が結ばれようという瞬間に、彼女はやはり消えてしまう。以下、この一連の流れの繰り返し。

高木ユーナ『不死身ラヴァーズ(1)』

 先ほども述べたように、少年漫画らしいアップダウンの激しい作品。ギャグタッチもシリアスなシーンも矢継ぎ早に飛び出してくる。それらひとつひとつの描写の思い切りがとてもよいので、そのBPMとリズム、勢いがこの作品のあり得ない設定も、甲野の考えるよりも前に動いてしまうという性格も、すべて納得させてしまうようなパワーがあります。長谷部は正直で可愛らしい女の子ではあるけど、すごく魅力的なヒロインというわけではないと思うのですが、しかし甲野は彼女のちょっとしたところだったりがたまらなくツボらしく、心も身体も無条件で彼女のことを求めてしまう。実にわかりやすくていいじゃないですか! 消えたかと思えばまた現れて、衝撃的に恋に落ちる。ひとつの物語でそう何度も描くことのできないボーイミーツガールのファーストインパクトをこうして何度も描いてしまうというのは、本作の大きな魅力でしょう。新鮮な熱量を失わないから、やっぱりそこは読んでいて楽しい。しかも、恋が成就すると彼女は消えてしまう。ルシールであり、ゼア・シー・ゴーズですよ!(『スヌーザー』読者にはおなじみの概念)そのたびに身を裂くようなブルーが彼を襲うのです。本来、恋愛物語というものは、たっぷりと時間をかけてその経過を描いていくことにその醍醐味があるわけだけれど、本作には恋愛のはじまりと終わりというピークの部分しかほとんどないわけで、それをこのハイテンションで駆け足飛びにやられてしまうと、まーやっぱりわかりやすいですよね。

高木ユーナ『不死身ラヴァーズ(2)』

 正直なところ、彼の葛藤とか、純粋な想いを貫き通すその紆余曲折みたいなものとかは、現時点では、個人的にはどっちでもいいかなという感じ(そこは本当に少年向けの部分だから)ではある。とは言え、ひとつひとつのエピソードの肝心の部分はそこであるはずなので、あまり関心がないクセに引き込まれてしまうのは、ギュッと詰まっていてわかりやすいということに加えて、作画の面白さというのもあるかもしれない。たとえば主人公に悲しいことが起きたときの、彼の心が引き裂かれていく様子を表現する描写。本編ではそうした場面が何度も登場するが、漫画らしいひと捻りがあって、なかなか面白い。そもそもデビュー作にも関わらず設定からしてガッツリSFだし、王道を描いているようで少しメタっぽいというか、作家としてけっこう器量や余裕があるのかもという気もする。ギャグのセンスも、そこは読む人それぞれではあれど、少なくとも僕はわりと好き。

高木ユーナ『不死身ラヴァーズ(1)』

 最初は同級生、それから後輩→先輩→また同級生→中学生→小学生→……などとそのシチュエーションのハードルが高くなり、二巻では"人妻"にまで到達してしまう長谷部。今後はどうかなー。登場するたびに変化する長谷部の性格やルックスのディテールにも注目。物語としてはどうなのだろう。ちょっとクサイところのある恋愛論だけに関しては、主人公が成長することでもう少し抜き差しができてくるとうれしい。また、この怪現象の謎解きのようなものはあるのだろうか。わざわざ描くようなこともないとは思うけれど。

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